2019.8.29

『オニ文化コラム』Vol,53

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師

 
秋が見えてきだした思うこの頃。文学の秋も近いということで文献から鬼を。
 
江戸時代中期の図説百科辞典『和漢三才図会』(『倭漢三才図会略』。寺島良安編纂。105巻。正徳2(1712)年成立。)に「ききゅう(鬼臼)」の古名として鬼薬(きやく)が登場します。鬼臼は平安時代に成立した『本草和名(ほんぞううわみょう)』(2巻。深根輔仁 著。延喜18年(918)年ごろ成立か)にすでに登場します。このあたり、『正倉院薬物「鬼臼」の基源について』(一般社団法人和漢医薬学会)と題した論文の中で難波恒雄氏らは「古くからその起源が大変混乱していた生薬のひとつ」であるとし、かつ『種々薬帳』にはその存在が伺えるものの『正倉院御物目録』に名称の記述がなく亡失した薬品と思われると記しておられ、いずれにせよ、鬼臼は鬼に由来する病に対する薬です。
 
ということで、今回は病と鬼について。
 
南山大学紀要『アカデミア』人文・自然科学編 第16号、2018年)に「「鬼」のもたらす病 ―中国および日本の古医学における病因観とその意義―(上)」という論文があり、執筆者の長谷川雅雄・辻本裕成・ペトロ・クネヒトらは、『礼記』の「祭法」の箇所に「人の死するを鬼と曰ふ」と記されていること、「衆生必ず死し、死すれば必ず土に帰る、此を鬼と謂ふ」とあり「鬼」は死者もしくは死者の霊をいう語であったと記しています。さらに、鬼は死者の霊であり「陰気」に属するもので、しばしば人に危害を及ぼすものと捉えられていたと。そして中国最古の王朝である殷時代(?~前 1122/1027)には諸病の病因は①天帝や祖霊が降すもの②鬼神の祟りや災い③妖邪の蠱こ④気候変化・・・の4つに分けられており、「気候変化」を除く三種のものは「霊因」性といえる病因とされ、このなかで後代の医学にも取り入れられて盛んに論述されるようになるのは「鬼神」と「蠱」だったのだといいます。蟲は「虫」として、腹の虫という表現で現代でも使われておりますよね。鬼は儀式や薬草で退散願う存在だったから、薬に「鬼」の文字が使われるようになったわけです。
 
病と鬼の関わりについては中国文化の影響があることが文献から伺えるなあという、今回はそんなお話でした。

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

玉川大学 芸術学部講師
早稲田大学メディア文化研究所 招聘研究員
小田原のまちづくり会社「合同会社まち元気小田原」業務推進課長


民俗芸能しいては日本文化の活性を目指し中心市街地活性化事業に取り組んでいる。
元広告業界専門新聞編集長であったことから日本ペンクラブに所属。
現在、広報委員・獄中作家委員などに名を連ね活動している。
(社)鬼ごっこ協会会報などでコラムを担当
所属学会:民俗芸能学会・藝能学会・日本民俗芸能協会ほか