『オニ文化コラム』Vol,25
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師
新年度が始まりました。新年度一発目は著名人に関わる「鬼」について。
皆様、日本史の授業で「卑弥呼」の存在を教わったことと思います。
『三国志』「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条・・・通称「魏志倭人伝」に記されている倭国(邪馬台国)の女王です。ここには魏の皇帝・曹叡から卑弥呼に対し、景初2年(238年)または同3年(239年)に「親魏倭王(しんぎわおう)」の称号と金印が与えられたことなどが記されております。
今回注目したいのは以下の記述。
「其國本亦以男子為王 住七八十年 倭國亂 相攻伐歴年 乃共立一女子為王 名曰卑彌呼 事鬼道 能惑衆 年已長大 無夫婿 有男弟佐治國」
ウィキペディアによると
「倭国には元々は男王が置かれていたが、国家成立から70〜80年を経たころ(漢の霊帝の光和年間)倭国乱れ、歴年におよぶ戦乱の後、女子を共立し王とした。その名は卑弥呼である。女王は鬼道(きどう)によって人心を掌握し、既に高齢で夫は持たず、弟が国の支配を補佐した」
そう。女王卑弥呼が行っていたこと、それが「鬼道」、鬼なのです。
「鬼道」とは何か?
実は、明確な答えは定まっておりません。
有力な説として、卑弥呼は巫女(シャーマン)であり、呪術的な行為を行うことで国家統治を担ったというもの。その呪術的な部分を「鬼道」と表現しているのではないか?というものです。また、弟が政治をサポートしていることから、邪馬台国の政治システムは女の卑弥呼が神事を司り、実際の統治は男子が行う二元政治だったのではないか?と言われております。
事実、古代~南北朝時代あたりまでの日本や琉球王朝を見てみますと、政治のトップは男性・宗教的なトップは女性という体制をとっておりました。
女性祭司・・・日本ですと斎宮(さいぐう)、琉球王朝ですと聞得大君(きこえのおおきみ)です。いずれも天皇家・琉球王家の女性が選ばれます。政治を司る男性とは血縁関係・・・邪馬台国の卑弥呼と弟に通じるものがありますね。
何を「鬼」と指すかは確定していなくとも、卑弥呼の時代から「鬼」が登場しているロマンを感じたりする、そんな魏志倭人伝です。
ということで、皆様。本年度もどうぞよろしくお願い申し上げます。
山崎 敬子 / Yamazaki keiko
玉川大学 芸術学部講師
早稲田大学メディア文化研究所 招聘研究員
小田原のまちづくり会社「合同会社まち元気小田原」業務推進課長
民俗芸能しいては日本文化の活性を目指し中心市街地活性化事業に取り組んでいる。
元広告業界専門新聞編集長であったことから日本ペンクラブに所属。
現在、広報委員・獄中作家委員などに名を連ね活動している。
(社)鬼ごっこ協会会報などでコラムを担当
所属学会:民俗芸能学会・藝能学会・日本民俗芸能協会ほか