2017.11.29

『鬼ごっこのまち物語り』Vol,20

 
中島 智
羽衣国際大学 現代社会学部 講師

先日、久しぶりにスポーツ鬼ごっこをした。受験をひかえた高校3年生を対象とした授業の一環だった。冒頭、何となく硬かった表情がゆるみ、だんだん笑顔になっていく姿。思いっきり体を動かしながら、感情が自然に湧き出るような場面を何度もみることができた。「正直、こんなに盛り上がると思わなかった」「地元に小さい子どもがいるので教えてあげたいと思います」。生徒の感想からも、事前事後での変化がみてとれるようにおもうが、次のクロポトキン『相互扶助論』の一節はそのあたりを考えるヒントとなるかもしれない。長くなるが引用しよう。
 
 「社会的精神――すなわち動物がその同類と結合しようとする要求――生を楽しんで、社会のために社会を愛するというような問題は、ようやく近頃、動物学者の当然な注意を引き始めて来た。われわれは現に、蟻をはじめとして鳥類や最高哺乳類に至るまでのすべての動物が、遊戯や角力を好み、あるいは追っかけ合いあるいは捕まえ合ったりして遊び戯れることを知っている。多くの遊戯は、若い彼等が一人前に成長した後の態度や動作の修養のようなものであると言われているが、なおかくのごとき功利的な目的を離れて、舞踏や唱歌と同じく、精力の汪溢――すなわち「生の享楽」および同種あるいは他種の動物と交際しようとする欲望――全動物界の著しい特徴である社交性そのものの現れでもある」(クロポトキン著、大杉栄訳『相互扶助論』同時代社、2017年、76頁)
 
原著は1902年に刊行され、初出は雑誌『19世紀』に連載されたもの。ロシア革命から100年が経ち、また〇〇革命ということばがブームのように多用されている昨今であるが、まさに「遊びは生きる力をはぐくみ、社交をうながし、社会を支えるもの」という命題こそ、20世紀最大の革命的発見ではなかったか。そしてこれは21世紀、いや、22世紀の子どもたちへと伝えていくべきテーマであると私は考えている。
そこで気になるのは、子どもの遊び環境の衰退だ。そのことが実は、若い世代に生きづらさを感じさせる状況に繋がっているのではないか。周囲の学生からも、何がしたいかわからない、という声をよく聞く。このグローバルな時代に英語教育も起業家育成も大事である。が、喫緊に取り組むべき課題は、生きる力をひきだす遊びの復興であり、鬼ごっこ革命だと信じて疑わない。先行きの見えにくい社会を生き抜いていくためにも。

中島 智 / Nakajima Tomo

羽衣国際大学 現代社会学部 講師


1981年滋賀県生まれ。専攻・関心分野:観光学・地域文化政策・子ども文化論・福祉文化学。東京立正短期大学現代コミュニケーション学科専任講師を経て、羽衣国際大学現代社会学部専任講師(大正大学人間学部非常勤講師を兼務)。「知る前に感じる」「動きながら考える」「遊ぶように生きる」ことを学生たちと実践している。共編著に『新・観光を学ぶ』(八千代出版、2017年)。共著に『こども文化・ビジネスを学ぶ』(八千代出版、2016年)など。
<その他、所属>
一般社団法人東京スポーツクロスラボ 監事